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ドラすずストーリー

   

     

          月の一族

 ねっとりとした汗が、まとわりつく不快な感覚で思わず目を覚ました。  

     ここは、どこだ……

 大木の根が複雑に絡み合う薄暗い森を抜けると古代の遺跡を思わせる建造物が視界に入る。 

 ドラゴンらしき巨大な彫刻が施された遺跡にはところどころ蔦が絡み合い風化した様子からも、この場所で長い年月が経過したことがわかる。

 あたりを見回すが、この建造物以外には人工的に造られた物はなく殺伐とした空間が広がっている。

釈然としない気持ちを抱えながら歩いていると背後にカサっと枯葉を踏みしめるようなかすかな物音が聞こえ、とっさに立ち止まり振り返る。

そこには、今まで見たこともない不思議な生き物が大きな目を見開いてこっちをじっと見ていた。

もっと近寄ってみたい気もするが、なんだか恐い。

気まずい空気が流れるなか、お互いに見つめ合っていると突然、何かを探すように首を左右に振り、辺りを見回し始めた。 

まるで気配が感じられないなか、いきなり人らしき姿が現れその生き物を抱き上げた。

目の前に突然現れたのは、幼い感じだが……はたして子供なのか?

ただ頭に生えた突起物と、ぴょこぴょこ動く尻尾で人間とは明らかに違う生き物であることは一目瞭然だ。 

 (何なんだ? この子は?) 私を見ても警戒するどころか、むしろ興味津々と躊躇することなく近づいてくる。 

「どこからきたの?」

突然、同じ言語で発せられた言葉にびっくりして狼狽え返答さえ出来ないまま立ちすくむ。 

追い打ちをかけるように 

 「私たちと似てるけど見たこともない珍しい種族だ。」と言い、私を見上げる。

   「ねぇ 触っていい?」

 嫌な予感がするが断ると更に面倒なことになりそうな気もする。

 「あぁ いいよ。」と、精一杯な笑顔で愛想を振りまくように応えた。

お腹の辺りを触りながらこちらを上目で見る穏やかな顔には危害を加える雰囲気は感じられず少しだけ落ち着きを取り戻す。  

とりあえず自己紹介でもしておくか。と、言っても……何をどう言えばいいのか?

    率直な思いを投げかける。

 「はじめまして。あの……私は人間だけど貴方は?」

 核心ともいえる大いなる疑問を聞いてみた。 

 「皆からは月の一族と呼ばれているわ。」

 月の一族?普通に呼吸もできるし地球で間違いはないようだが一体何者だ。

 「ちょっと聞くけど、ここは地球だよね。」

 「えっ 何を言ってるの?貴方宇宙人?」

 「違う違う。私の知ってる地球とはどこか違う気がしてさ。」

 「ふぅーん。確かに触った感じだと、ひ弱だし大昔の伝説に出てくる妖精さんみたい。」

 「妖精?私が?むしろ君が妖精だろ。」

 「そんなわけ無いじゃん。妖精さんは絶滅したんだよ。」

 (絶滅……って妖精は実在したのか?)

ただこの少女を見ていると何故か懐かしい記憶が蘇る。

少女の名はルーナ、ルッサ やがて私達の命運を握る存在。

月の一族 ルーナ家の末っ子だ。

          始まりの歌

 放課後、部室のソファーにリュックを放り出し、髪の毛を後ろで束ね腰をおろす。 

 さぁ、やるか!と、気合いを入れリュックの中から携帯ゲーム機を取り出した。   

  私は強い……強いのだ。  しかも圧倒的に強いのだ。 

 呪文のように唱えて始まるいつものゲーム。指先は小気味よくコントローラーを操り普段と変わらない。  

 隣では、雀がお経のような音階で呟くように歌っている。

昔から独り言のような意味不明な歌を口ずさんではいたがちょっと前から雀が歌うたび、妙な違和感を感じていた。    

 時間の経過と共に脳内に侵入した何者かが符号のような札を一枚一枚貼り付けている。そんなイメージが勝手に頭の中に湧いてくるのだ。 

 この妙な違和感の正体が何なのか?さっぱりわからない。

今日は、いつもよりモヤモヤした状態でゲームをしていると 突然、視覚が遮断され思わず目を瞑る。

 ほんの一瞬におきた出来事だったが再びゲーム画面を見て思わず息を飲んだ。

 (これは……なんだ……どうなってる )

このゲームとは全く関係のない場面が展開されていて自分の意思を無視するかのように指先が勝手に動く。

そんなパニックに近い状態の中、何より一番驚いたのはゲーム画面に映る自分が操るキャラの姿だ。 

 似ているとかのレベルではなく…… 目を凝らして何度も確認したが間違いなく自分自身の顔だった。

 これは、ゲームのやり過ぎで頭の中がおかしくなってしまったのか……?っと

 「……あのさぁ……思うんだけど……」

 「ちょっと前からチュンが歌う変なやつ……うまく説明できないけど、怪しげな現象が起きてたよね。うち、たった今、漠然とした気持ちが確信に変わったわ。」

 正面に座っていた真美子が

  「えっ、なに……チュンチュンの歌がどうしたって?」っとスマホをいじりながら胡散臭そうに真希を見る。 

 「ほら、うちって結構ゲームやるじゃん。」

 「あぁやるね。ほぼ廃人だよね。ってか、今も進行形でやってるじゃん。」 そう言ってゲーム画面をテーブル越しに覗いて見る。

 「何だか、可愛らしい動物がピョコピョコと動き回ってるねぇ。」

 「だろ…… 今はどうみても穏やかで平和な場面が進行中だ。ところがだ…… いいか、ここがキモで  いきなり画面が切り替わったと思ったら、いきなり原始林の中で不気味な怪物に追いかけられ、これは、間違いなく死ぬな…と覚悟を決めた時、突然あらわれた少女に助けられ、二人でこれぞまさしく生死をかけた戦いだ!みたいなことを、微妙な独り語りを交えながらさっきまでやってたわけさ。  しかも決定的なことがひとつ。そもそもが、こんなゲームじゃないはずだけど……」 

 以外にも落ち着いた口調で体験した状況を伝える。 

 「はぁぁ? なに訳わかんないこと言ってるの?  馬鹿じゃないの……こりゃ完全にダメなやつだわ。いきなりも何も……見えたものを脳内で処理してるから画像として見えるんだよ。あんた、ちゃんと目をあけて画面見てるの?脳内で妄想してるだけじゃないの?」

 真美子の言ってることは私でも理解できる。でもさっきの出来事は現実としか思いようがない。

 「でもな……歌の内容と見える画像に、まったく共通性がないように思えるのは何故なんだ?」

 「そんなこと私にわかるわけないでしょ!そもそも、あんたの言ってることは、ゲームのやり過ぎで頭の中が妄想で暴走しているとしか思えないから。」

 ほんと困ったもんだ……っと、再び冷ややかな眼差しを真希に向ける。 

 「妄想とか、してない、してない! マジ、勝手に始まったんだって!」

 「あのさぁ…… わかってると思うけど、ゲームのやり過ぎ。少し自重した方がいいよ。……ほんとマジで心配するわ。」  

 何だか、相手をするのがアホらしくなってきて、再びスマホをいじる。    

 「だから違うって……うち、なんにも妄想とか絶対してないから。」 

あくまでも自覚は、ない!と言い張る真希に、さすがにイラっときた。 

 「あーぁ、もう! ちょっと貸してみ!」

並んで座っている二人の間に割り込むと乱暴に真希からゲーム機を取り上げた。 

そんな二人のやり取りを可笑しそうに見ていた雀に向かって

 「チュンチュン!新しい曲、スタート」と、乱暴に告げた。

 「えっ……いやいや、ムリ、ムリ、いきなり言われたってムリだって……」 

でも険しい顔つきで、ゲーム機を握りしめ、こっちをジッと見ている真美子に向かって、はっきりとイヤだ!と、言える勇気はない。 

 「もう、しょうがないなぁ」そう言うとペットボトルの水をひとくち飲み大きく息を吸う。 

目を閉じて、呼吸のリズムに意識を集中するとほんの短い時間で瞑想状態に入った。 

 ( ここは何処だろう?)風がカサカサと枝葉を揺らしジジジッ、ケラッケラッと虫と蛙の鳴き声が混ざった怪しげな音が、まるで笑い声のように薄暗い森の中に響く。 

 それが何だか懐かしく感じられ、どんどん森の奥へと進んで行くと、やがて道は途切れ月明かりに照らされキラキラ金色に輝く湖畔が目の前に現れた。

あたり一面にはランプをひっくり返したような花が青白くボーッと光を放ち、時おり吹く風に揺れるとリーンッ、リーンッと澄んだ音色を鳴らす。 

不意に足元に何がが触れた気がして思わず下を向くと不思議そうにこっちを見上げる何故か片耳だけが黒い一羽のウサギと眼があった。  

何も考えることなく不思議なウサギを抱き抱え近くにあった大きな石の上に腰をおろす。 

 頭を撫でながら、「今日はいい満月だね。」と言うと膝から飛び降りたウサギは一目散に駆け出し森の中に消えた。 

 「あ~あ……行っちゃた」水面にボーッと映る月明かりをぼんやり見ていると、だんだんと瞼が重くなり眠りに落ちそうだ。

冷たい風が頬を撫で、思わず瞼を開けた。 

するとさっきのウサギがいつの間にか足元にいる。

しかも何処からやって来るのかウサギはどんどん増え続け、雀を囲むように輪になった。 

足元にいた最初の一羽が立ち上がると周りのウサギたちも一斉に立ち上がり、ケラケラと笑い出した。

 「さぁ 音楽会の始まりだよ」

その声が、あまりにも可笑しくて思わずゲラゲラと大声を出して笑い、両手で眼を塞ぐ。 

「もういいかい?」   「まぁだだよ」    「もういいかい?」   「まぁだだよ」  「そろそろいくよ」

雀が語りかけるように歌い出した。

 二人はその歌を黙って聴いていた。 

しばらくすると、ゲームをしている自分を見ているもうひとりの自分がいるような気がしてきた。  

( このおかしな感覚はいったいなんだろう?)

画像は、はっきりと目に映るのだが頭の中には真っ白と言うか何もない気がするのだ。 

画像に何の変化も起きないのは、もしかして脳内で画像が処理されていない?

いや、そんな馬鹿なことがあるわけない…… 実際、目の前にはゲームの映像がはっきりと見えるのだ。  

視覚だけが映像を認知するとかおかしいだろ……

「あ〜あぁっ 何がなんだかさっぱり訳わからん……」 

そのうち空虚な空間と心地よい香りが脳内を包み支配していく。

驚いたのは、その香りがふっと漂い実際に匂いとして感じられたことだ。 

( 匂いだと……こんなことってありえるの? ) 

確かめるように鼻の穴をクンクンと膨らませた、間抜け顔を晒している真美子を横目で見ながら 

 「お前……感受性が欠落してるんじゃないのか……私なんか今度は、雪山に飛ばされて吹雪の中、不気味な魔物と睨み合っている真っ最中なんだが!」 

 そういうと、武器を構えた仕草でVRゲームのように動いている。

 ( おいおい……まさか目の前に映像が見えているんじゃないないよね……) 

 いったいどんな風に脳内処理されているのか覗いてみたいものだ。 

「おっと、いきなり魔弾をぶっぱなしてきたか!あんなの食らったら間違いなく即死だな。」 

回転レシーブでもするかのように床に転がる様は、どう見ても大真面目にやっているとしか思えない。 

 「ってか、あんた毎回戦ってるわけ……戦闘民族かよ」

こんな出来事があった後、三人は歌の持つ本当の意味を知らないまま新たな行動を起こしてしまう。 

         集う子 

 あれから雀の歌を検証することに夢中になり外出することもなく冬休みを過ごしていたのだが、結局、真美子には特別な映像が見えることは一度もなかった。 

気分転換もかねて、三人は久しぶりに原宿に出かけることにする。 

電車の中でも 「いったい真希と何が違うのかな?」と、気になって仕方ない。

 「だから感受性が足りないって言ってるだろ」

「真希に感受性とか言われたくないんだけど……あんた戦ってるだけじゃん。」

「チュンチュンには何か思い当たることはないの?」

「わかんないよ~私にも真希ちゃんみたいな戦闘場面は歌ってるとき出てこないもん。」 

 何だか、釈然としない気持ちを真希にぶつける。「この際、あんただけ頭の中がおかしいってことにしておくか。」

 そんな三人の会話を時々ねっとりした視線を向けて見ている乗客がちらほらいる。

良し悪しは置いとくとして、三人は何処にいても少々目立つ存在だ。

それは学園内でも同じであり色々と問題を起こす原因でもあるのだが。  

特に何も買うでもなをぶらついていると、お決まりのパターンがそのうち訪れる。 

 「なんだが後にくっついて来てる子がいるんだけど。」振り返ると何人かの女の子が明らかに三人の後を一定の距離を保ちながら歩いている。

 三人が立ち止まれば同じように止まり決して追い越そうとはしないし、話しかけてくることもない。 

「あーあ、いつもの感じね。 電車からずーっとだ。」 

「駅についてからは人数が増えたね。」真美子と雀は、特に気にするでもなく平然としている。 

「チッ…これだからチュンと一緒に人混みに来るの嫌なんだよな。」 と、真希が舌打ちをしながら振り返る。

 「今日は、あんた狙いの子もいるかもよ。チュンチュンは、リアルにアニメから飛び出してきた不思議キャラみたいなもんだからわかるとしても、あんたの女子を惹き付けるキャラは未だに理解できないわ。」 

「やめろよ。うちだって意味不明なんだから……」そう言うと真希が、つかつかと女の子たちの所に行き、なにやら言っている。

「別に被害も無いんだからほっとけばいいのに。真希ちゃんはホント気が短いよね。」雀が、やれやれといった感じで、その様子を見ている。 

 「はぁ?あいつ、何か 受け取ってないか?」

 「だから毎回こうなるんだから、ほっとけばいいのに、何でわざわざ行くかな……荷物増えるじゃん。」

( こいつもこいつで相変わらず感情歪んでるな……) 

両手に紙袋をぶら下げて帰った来た真希に

「お疲れ様でした。真希ちゃん先輩はホント有能ですね。」っと嫌味ったらしく言う雀に全く動じることなく、

「チュンこれ、お前さんへの貢ぎものだ!」と、紙袋を渡す。

「あれ、真希ちゃんのは?」

「い、いや、うちには特に何も……」

なにやら怪しい……「あんたさぁ少しは」と真美子が言おうとしたら早速お決まりのパターンその2がやってくる。

いかにも胡散臭い男が近付いてくると

「ちょっといいかな。時間とらせないから」と言うと雀の顔を覗きこみ

「君、すごく可愛いね。その目はカラコン?」と聞く。

「よかったら素顔見せてくれないかな」怪しい者じゃないからと名刺を取り出す。

 「あー、急いでるんで!」っと雀が歩こうとすると、

「ちょっと待って、ほんの少しでいいから話聞いてよ。」と腕を掴んだまま名刺を渡そうとした。

 素早く名刺を取り上げると真希がその手を振りほどき男の顔めがけて投げ捨てる。

 「おい、嫌がってんだろ。」と、二人を遮るように目の前に立ち塞がる。

 「何、するんだ!」と、男が近寄るや、腰辺りからピストルらしきものを抜き出すと男の喉元に突き付けた。

 「どっか行けよゴミが!それとも一回死んどくか」 っと 圧し殺した冷めた声で言うとあまりの迫力に悪態をつきながら逃げてしまった。

その様子を先ほどの女の子たちが見ている。

そのうちの一人が眼をうるうるさせながら 「あーぁ カッコいい…」と今にも崩れ落ちそうな姿勢で呟いた。

「バカめ。マジムカつくわ。」と、指先でくるくるとピストルを回している。

「あーぁ、またまたやっちゃいましたね、真希ちゃん先輩。」

「あー、やっちゃったね……ところで、あんたさぁ……いつも、そんな物騒な物、持ち歩いてるの?」真美子がくるくる回るピストルを止めて言う。

「いや、今日が初めてだけど。それより見ろ!この美しいフォルム。ヘッケラー&コッホのM2カスタム 欲しかったんだ。いいだろう!」と自慢をはじめた。

「そういうことか」と女の子の方をチラッとみる。

「そのヘッケラーなんちゃらはどうでもいいけど、そんなの持ち歩いてたらお巡りさんに捕まっちゃうよ。」

「え、ただのモデルガンなんだけど」

「それでもダメでしょ」

不満そうな顔をして何かを言いたそうにしている真希に

「巻き添えになったらイヤだから早く仕舞いなよ」と強い口調で言った。

「わかったよ、また後でな。」

そう言うと愛しそうにリュックにしまう。         

断捨離しようか

代々木公園沿いを渋谷方面に向かって歩いていると公園前にある多目的広場が人で溢れやけに騒がしい。

入口に近づくとフリマ開催中の旗が見えた。

以前からこの場所でフリマが開催されていたのは知っていたが別段興味もなかったし、それが目的で出かけることもなかった。

暇だったこともあり、フリマを覗いていくことにした。道路を横断して真向かいの広場に向かう。

「うわぁ……何この人だかり。」三人は、思わず顔を見合わせる。

奥の方までびっしりと埋め尽くされた出店スペースに大勢の買い物客。

入り口付近で、この人だかりってことは中はもっとすごいのか?

かき分けるように進むと何やらひときわ大きな声が聞こえてくる。

「はいはい、掘って掘って また掘って! 皆さま掘りまくってくださいな!どれでも百円、何でも百円」と、めちゃくちゃ威勢の良いお姉さんが声を張り上げている。

その姿につられお客さんがブルーシートの上に富士山のようにてんこ盛りに積み上げられた品物を先を争うようにして漁っている。

「なんだが、すごいね……」その姿に圧倒された真美子が思わず真希の袖を引っ張った。 

「前からこんなだった?」

「覚えてないから……よくわからん」

「あれっ チュンチュンは?」いつの間にか雀の姿がない。

まさか迷子になったのかと、辺りを見回すが人混みに埋もれて確認できない。

 さすがに中学生にもなると大丈夫と信じたいが少し心配になってくる。

何しろあのキャラだ。変なのに捕まってないといいけど。

そんな真美子の心配をよそに

「お願い、もっと安くして 」 と、特徴のある聞きなれた可愛い声が聞こえる。

「あっ!いたいた。何やってんの?」

「今、お兄さんと交渉中」見るとしゃがみこんでサングラスらしきものを手にしている。

「幾らなら買えるの?」困ったような顔をして雀に聞くお兄さん。

「だから百円」どう見てもそんな値段とは思えない綺麗なサングラス。

よく見ると有名なブランドロゴが

 「これ正規品なんだけど……」

 「お願いお兄さん……どうしても欲しいの」と、じっと見つめたまま品物を離さない。

 「参ったな……」しばらく考えた挙げ句

「まぁ姉貴のやつだし百円でいいか、君、可愛いし」と妥協してしまった。

 「お兄さんありがとう」っと雀ににっこり微笑みかけられると

 「いやいやこちらこそ」 と、なんともだらしない顔を晒している。

こちらこそっていったい何の挨拶だよ……っと思ったが、そんなお兄さんに向かって似たようなサングラスを手に取ると

 「これはいくら?」と真美子が精一杯の微笑みを造りながら聞くとあっさり三千円と言われて落ち込む。

 「なんなの……この差別は」

「まぁ気にするな いわゆる雀マジックと言うやつだ」 と、たいして慰めにもならない事を言う。

 「どう似合う?」と雀に聞かれ

「あぁフレーム大きいし顔わかんなくて良かったね!」と適当に答えた。

会場内を一回りしてめぼしい物を見つけると雀マジックを連発し、そこそこの戦利品を手にした雀は満足気だ。

それにあやかって自分たちも買い物をする。

「意外と、楽しかったね」

「ねぇ今度うちらも出店してみない。」と、真美子が提案すると

「やりたいやりたい」と雀が即答する

「まぁ少しは小遣いの足しになるかもだしな」っと真希が言うと

「だよね!」っと真美子が嬉しそうにニコニコしてる。

金が絡むとこいつの人格が変わるのは知っていたが、きっと何やら閃いたに違いない。

 「まぁ楽しければ何でもいいか。」

こうして断捨離という名目のフリマ遊びを決行すべく計画を練った。

     フリマデビュー  

 「荷物がくそ重いのだが!リュックにスポーツバックにキャリーってどんな罰ゲーだよ……」会場に一番近い原宿駅で降りる 

「でも電車空いてて良かったね。」

「おい!日曜日のくそ早い時間に電車が混んでるわけないだろ。そもそも電車っていう選択肢が間違いだろ。」 そう言って真美子を睨みつけた。

「仕方ないじゃん。誰も車出してくれないし。」

「家から大して遠くもないのにタクシーでもよくないか」

「私もそう思ったけど……真美子ちゃんがお金もったいないって言うから。」

「もぅ!うるさいなあ とにかく着いたんだからいいじゃん。」愚痴を言う二人にキレ気味に言い放つ。

「なぁ、ここからこの荷物持って歩くのか……」

「ここまで来たら意地でも歩くわよ」三人は、覚悟を決めて代々木公園に向かうことにした。

「もうダメだ……真希ちゃんお願いだから荷物一個持って。」途中で雀がへなへなと座り込んでしまった。

「しょうがないなぁ……」と、雀のスポーツバックを自分のキャリーに強引にくくりつける。

同じように重そうな荷物を持ち歩く若者らしき集団の姿が見えるが皆、フリマの参加者なのだろう。

 「つ、疲れた。」 ようやく公園前にたどり着くとバックの上に腰を降ろす。

入り口付近では車から荷物を降ろす参加者がせわしくなく出入りしている。

 その様子を見て、やっぱり車がないと厳しいなぁ……と、今更ながらに思った。

 「はい、これ」と雀が二人にお茶の入ったペットボトルを渡した。 

「あぁ、生き返る」 と、半分近く一気に飲む。

ひと息ついて周りを見ると開始時刻にもならないのにすでに商品を並べて買い物客とやり取りをしているグループや、なかには商品を出す前から荷物を漁っている人までいる。

そんな様子を見ながら受付をするため真美子が会場内に入った。 

 はじめてなので何をすればいいのかよくわからない。

とりあえず受け付けに並び、事前予約した名前を告げ出店料金を払う。 

 場所を選んでくださいと言われると、大きな用紙に区画割された番号が振ってあり各々が好きな場所を選べるみたいだ。

 どこが良いとかさっぱりわからない。

私の横に並んで場所選びをしていたお姉さんを、ちらっと見てその隣にした。

 受け付けを済ませ書かれた番号の場所を探すのだが会場が広い上に人で溢れていて目的の場所にたどり着けない。

 なんとか地面にチョークで書かれた番号を見つけようやく荷物から解放された。

思ったより狭くて畳一畳分くらいのスペースだ。

ブルーシートを取り出し敷くと、その上にとりあえず荷物を置く。

 先ほどのお姉さんは、前後二ヶ所分のスペースを取っていて五人グループで参加していた。

 「今日は、よろしくお願いします。はじめてなのでいろいろ教えてください」と挨拶をする。

 とても感じの良いお姉さんで聞けば高校時代の友達と参加しているとのこと、大学生の人もいた。

 「あなたたちは高校生?」

「まだ中学生なんですけど。」

「若いなぁ~ そりゃすごい勇気。」と、笑っている。

グループの一人が雀を見て、「あのぅよかったら一緒に写真お願いできないかな?嫌なら全然断ってくれていいから」と言ってきた。

 「全然オッケーですよ。」っと返答すると、じゃあ私も と、撮影会が始まってしまった。

お互いの距離感が一気に縮まると、お菓子やら飲み物の差し入れやらでまるでピクニックでもしているような雰囲気だ。

 「それにしても雀ちゃんは神秘的だね。一目で引き込まれてしまった。」と大学生のお姉さんが少し恥ずかしそうに言うと確かにと皆が納得している様子だ。

肝心の商品はというと、品物を並べる前からお客さんが待ち構えていた。

 「えっ……マジか なんか凄いプレッシャー。予行練習とかないの?」と真希と顔を見合わせ狼狽えるが何てことはなくお客さんの正体は雀の追っかけで、あっという間に雀の私物はなくなってしまった。

これには、隣のお姉さんたちも一様に「凄いな……」と呆れた顔をしている。

 雀効果は絶大だ。何しろ通りすぎる人は、雀を見て立ち止まりついでに品物を見て交渉が始まる。

こうしてこの出店場所は客が途切れることなく目立つのか客が客を呼び大いに賑わった。

 なんだかんだで三人の持ってきた品物は、ほぼ無くなり隣のお姉さんたちからも 「何だかこっちが助けてもらったね。ありがとう」とお礼を言われ未開封のお菓子やら飲み物までもらってしまった。

 こうしてはじめてのフリマ参戦は大成功で終了する。

「やっぱりこうなると思ったわ 雀マジックは絶大だ。小銭がいっぱいで正確にはわからんけど多分売り上げ凄いよ。」と真美子が嬉しそうに言う。

「やっぱりって……お前そんなこと考えてたの?」

「さすが真美子ちゃん、抜け目なくあざといね。頼りになるわ」

「でしょう。こりゃ次もやるしかないでしょ。」意気揚々としている真美子に「さすがに歩きは止めような。」と真希が釘を刺す。

「次は、お姉ちゃんに送ってもらうことにするわ。」

「それなら問題なしだ。」こうしてフリマ遊びに嵌まってしまった三人は、代々木公園で開催される時には毎回参戦することになる。          

         心明学園

 「おー寒っ……」

「真希ちゃん おはよう。」

 「おはよう。昨日は楽しかったな。」冬休みも終わり、今日から学校だ。

 駅までの道すがら三人は昨日のフリマを振り返る。

「チュンチュン作戦は予想以上に使えるな。」

「真希ちゃんだって結構絡まれてたじゃん。」

「あーあれか……なんだっけ?あの女子アナ またねっとか言ってたけど次もくるつもりか。」

「あんたのことずいぶん気に入ったみたいね。年上殺しの魔性の女ってやつだ。」真美子が、菓子パンを頬張って口をモグモグさせながら真希を見る。

「はぁ……言っとくがそんな趣向はないからな。」

「まぁおかげで潤ったんだからいいじゃない。それより次はいつだっけ?」すっかりフリマ遊びにはまった三人は早速次回開催される日程を再確認する。

「でもな……売る物が無いんだけど、いらない私物は前回でほぼなくなったぞ。」

 雀と真美子も同じ状態らしく、「家の不要品っていってもかさばる物は面倒だし家族の私物もなんだか微妙じゃない?」どうするか……

しばらく思案していたが真美子が「そうなると学園の子達から寄付させるか参加させるかだね。まぁなんとかなるっしょ!」と、なにやら思いついたらしくほくそ笑み、こっちを見た。  

 心明学園は都内渋谷区にある中高大一貫の女子校である。

 真美子、真希は3年、雀は2年、いずれも中等部に在学している。

とりあえず学力は置いとくとして、一応、お嬢様学校に分類される学校だが 日本には珍しくドイツに経営母体のある学校ということもあり生徒の人権に関わるような煩わしい校則は無い。

 例外なのは制服があること位だがこれも特に学校側が強制した訳ではなく生徒と保護者の強い要求により実現されたものらしい。

真美子と真希は親同士、仕事上での接点がある関係から濃密な家族間交流があり、真美子の姉がすでに在学していたため自然とこの学園に入学した。

 雀は、そんな二人を追いかけるように、この学園を選択する。

家が近所で幼なじみの三人だが雀はこの地域で生まれたわけではなく小学校低学年の時転校してきた。

 周りの子供たちとは明らかに違う容姿。それ以前の生活もどこかミステリアスで、どこから来たのか聞いても 

 「お山の方から」と答えるだけ。

母親も雀をそのまま大人にしたような容姿で神秘的な美人ではあるが口数も少なくどこか影のある人だ。

 父親の姿は、誰も一度として見たことがなく噂では日本にはいないだの、そもそも存在しない、とかどれも憶測だけで信憑性はまったくない。

そんな家庭環境もあり大人たちは、雀ちゃんってどんな子?どこから来たの?家の人は何してる人?

 得体の知れないものには興味津々で詮索を始める。

ましてや子供は配慮も遠慮もない分、残酷だ。

 ストレートに思った言葉を吐き出す。

 ゾンビだの悪魔だの怖いから近寄るな!陰湿ないじめも受けた。

自分と明らかに違う容姿に人格をすんなり受け入れるのは、まだ未成熟な児童には無理があるのだろう。

 そのうち偽善ぶった大人が身勝手な愛情を押し付けうわべだけの信頼関係を築こうとする。

 そっとしておいて欲しいだけなのに。

そんな毎日が鬱陶しくなって次第に自分の殻に籠る悪循環。

出口のない部屋をぐるぐるとさ迷い、だんだんと追い詰められる。

 そんな中、真美子、真希の二人は、はじめから様子が違った。

子供たちから、真真コン ままコンと呼ばれるボス的な存在。

顔を合わすたび、「ようよう小悪魔、今日も相変わらず可愛いな。」と、抱きつき顔を擦り付けてくる。

「やめて!」と、強く言っても全くお構い無し。

毎回毎回それが続くと拒絶するのも面倒になってそのうち二人になついてしまった。まるで拾われた仔犬だ。

 おまけに、チュンチュンって 悲しいような嬉しいような呼び名までもらう。

三人が学校内でもつるむようになると周りの子供たちの態度は一変した。

こうして二人は、何があっても私を守ってくれるかけがえのない存在と成っていく。   

 歴史雑学研究会なんと形容すればよいのか。

名目は歴史を散策して新たな知識を収得し、それを実践活動することで新たな発見に繋げる。

要は、いかに快適な学園生活を送るか。

これは非常に重要な案件であり、そのためには自ら部活を発足させ部長として君臨するのが一番では?と考えた真美子が設立した、

いかにも真面目にやってます。みたいな名称の部活動である。

部活と言っても、学校側による締め付け等は一切なく、ほぼ生徒の自主管理によって運営されていて、大学のサークルに近い活動である。

そんな状態だから活動内容は、お察し通りで部員も似たような考えの連中が集まるのか次第に歴史はどこかに消え去り雑学の雑だけが独り歩きを始め校内ではガラクタ研究会、通称 ガラ研と呼ばれる有り様で、もはや別の部活だ。

ただ雀効果なのか意外と大所帯で部員数は多い。  

 「はーい。皆さん聞いてください。」真美子がなにやら真面目ぶって喋り出した。

「春になったら学年も上がり新入生も入学してきます。我々にも先輩としての模範を見せるべく行動が求められることでしょう。そのためには自己を振り返り見つめ直す必要があるかと。まず身の回りを清め整然とした簡素な潔さが、うんたらかんたら…………。

要約すると売る物がないから寄付、もしくは参加しろよ。と言うことだ。

女子校にはいろいろな属性に分類される趣味人が数多く生息している。

我が校も多分に漏れずなにかしらの趣味人がとにかく多い。

異性に向ける情熱を間違った方向に舵取りしてしまったのか収集欲が半端ない。

結果、物が溢れることになる。そうなると決まって言われるのは少しは片付けなさい。と言う親からの小言。

真美子のもくろみは的を得ており「何だか面白そう……」と、参加表明をする部員達もいて予想以上に売り物が集まりそうだ。

「なんというか……これは世間一般に詐欺とか呼ばれるやつでわ……」

「違うわよ。私は救いの手を差しのべた救世主みたいなものでしょ。」

「救世主って……何を救ったのか?救われたのは我々じゃん。」

「うるさいわね。とにかく準備はできたから次回も稼ぐわよ。」

       冴えない おっさん 

 「おー寒っっ やっぱり朝早いと寒いね。」

「昨日、真美子ママから、お弁当作るから何も持ってこなくていいって連絡あったけど真希ちゃん聞いてる?」

「あーぁ、私にも電話あったよ。」そんな会話を交わしながら二人が真美子の家に到着すると、すでに出発準備を終えたのか車の側に真美子達の姿が見える。

「おはようございます。」二人が真美子の姉と母親に挨拶をする。

「おはよう。相変わらず二人とも可愛いわね。真希ちゃん少し大人っぽくなったんじゃないの。」と母はニコニコしていて、すこぶる機嫌が良い。

そんな母を横目で見ると何やら大きな風呂敷包みを手にしている。

「ねぇ……それってなに?」と聞くと

「あっ これ 大したものじゃないから気にしなくていいのよ。」っと軽くあしらわれる。

何だか釈然としないが「じゃあ行ってくるね」真美子が母に告げると 

「あっ!真希ちゃん。これこれ」っと、大きな風呂敷包みを車の窓越しに真希に渡す。 

「お弁当作ったから、皆で食べてね」

「はい。昨日はわざわざ連絡していただき、ありがとうございます。」

朝早くからなにやらごそごそしていたのは、これか。て、昨日ってなんだ?

「ねぇ、連絡って何よ?」と、母に聞く。

て言うか……隣にいる娘に渡さず、わざわざ窓越しに真希に渡すとは、この母は何を考えているのか……

「お姉ちゃん運転気をつけてね。真希ちゃん雀ちゃん二人とも変な人に絡まれないでね!」 と……娘を気にかける様子は全くない。

「まぁ行って来るわ。」と告げると

「あんたまだいたの……早く乗りなさい。」とまるで邪魔者扱いだ。

「はいはい」と、助手席に乗り込み「なんかママさん、おかしくない?」と姉を見る。

「あ〜ぁ、最近二人にかまってもらえないから尚更だな。まぁママさんも青春したいのだろうさ。」

「青春って……意味わからん」真希に改めて「昨日の連絡って何よ?」と聞く。

「あぁ、ママさんがお弁当作るから手ぶらで来てね。みたいな」

「ええっ……そんな話聞いてないし。」前から思っていたのだがママさんの真希に対する態度はいつも明らかにおかしい。 

思い当たる節があるとすれば小学生の頃、家族で帝国ホテルに行った時、最上階のラウンジで見た光景。 

花束を持った人たちが大勢、女の人を取り囲んでいた。

幼いながらその集団の雰囲気がなんだか妖しくて私がアニメのキャラに夢中になってる時と同じものを感じた。

そう言えばあの時……母も同じように、うっとりとしていたような……

今ならわかるが、あれは歌劇団の女優さんで男役だ。 

なるほど……母にはそういう性癖があったのか。と、今更ながらに理解した。

それにしても真希とは……こいつの本質を母は知らないようだ。と、内心ほくそ笑み

後部座席の真希に 「ママちゃんが今度泊まりにきてねって言ってたわ。」と適当なことを言う。

「あーあ まぁ気が向いたらな。ママさんにもお弁当のお礼改めて言っといてくれ。」

「はい、はい、了解。」よし、その時が来たら、じっくりと観察してみよう。

代々木公園に到着すると姉が「帰りはどうする?」と聞いてきた。

「多分荷物無くなるから大丈夫。だるかったら連絡するわ、何ならお姉ちゃんも来る?」と誘うが 

「あんたらと居ると面倒な事に巻き込まれそうだから止めとくわ。」と即答された。

「面倒って何よ……まるでうちらが疫病神みたいじゃん」

「特に原因は、お前な 」と、真希に言われる。 

「チュン着いたよ。」真希に体を揺すられると

「あ〜あ、眠い 」と、両手を頭の上で伸ばした。

この娘は車に乗ると本当によく寝る。赤ちゃんかよ。

今日は天気も良くてフリマ日和だ。入り口に何人かの見慣れた顔がある。

「おーい おはよう。随分早いね 」真美子が瑞穂たちに、声を掛ける。

「初参戦だから変に気合入っちゃってさ。」雀も同級生の子たちとじゃれ合っている。

皆に手伝ってもらい車から荷物を降ろし、とりあえずは、受け付けを済ませる。

前回で要領はわかっているので、人数が多い今回は3か所分のスペースを予約しておいた。

明らかに雀目当ての子たちが少し距離を置いて様子を見ている。

それにしても、あの子達は何処から情報を得ているのだ?ただ今回は学園の子たちもいるので、いつもより尚更、遠慮がちだ。

さっさと準備を済ますと早速、雀目当てのお客がやってきてそれに釣られた一般客も女子中学生軍団の勢いに押されて商品を次々に購入していく。

真美子は、誰のものであろうと雀を指差し 

「この娘の私物なんであんまりお値下げできませんけど……すいませんねぇ、いっぱい買ってくれたらオマケ付きで~す。」と、売りさばいていく。 

商品の良し悪しなどどうでもよくて、滞在時間を確保するためにとにかく買うことが最優先。

極端な話、その辺に落ちている石ころさえ雀が握っていれば売れるんじゃね……みたいな勢いだ。 

なかには商品そっちのけで話しかけてくる無粋な輩がいるが無視するかあまりにしつこいと真希のイライラが暴発する。

あっという間に時間が過ぎ、売るものがほとんどなくなってしまった。 

「真希から聞いてはいたが、雀効果とやらはすげーな」

「真美子もある意味すげーわ……あの押しの強さは、さすがに恥ずかしくて真似できんわ。」

「ちょっとちょっと、まるで私が羞恥心のかけらもないみたいじゃん」

「違うのか? 」瑞穂がそう言って笑いながら真美子に空のペットボトルを投げた。

「あぁ、ありがとね。」お客さんも途切れ一段落つきようやくまともな休憩が取れそうだ。

 真希が 「ちょっと散策がてら飲み物買ってくるわ。」と、言って皆の注文を聞いた。 

会場内をぶらぶらしていると5ブース位の広々としたスペースを使い乱雑さだけが、ひときわ目をひく店が目にはいる。 

 店主らしき男は、頭ボサボサ、なんだかボーっとした虚ろな目をした冴えないおっさん。それが真希の感じる第一印象だった。 

ただ、がらくたにしか見えなかった売り物には興味を惹かれた。 

軍の放出品だろうか?いろいろな国の軍服に戦闘服、戦場で使う装備品やジャンクなパーツ、ライフルのスコープや日本刀の鍔に浮世絵、コスプレイヤーが喜びそうな製作パーツとか変わった品揃えがてんこ盛りで値段も安く掘り出し物もありそうな期待感が膨らむ。 

 サバゲーで使えそうなハンドガン用のホルダーとかヘルメット、ゴーグル、おっ….これ、うち愛用のアバタンに使えそう、おいおい….ガスマスクまであるじゃないか!やるな!おっさん!あれこれ妄想しながら夢中になって品物を漁る。

 とりあえず漁った品物を傍らに積み上げ、あっ….そういえばマシンガン用のラックないかな?と、掘り返してみるが大量の品物に埋もれてしまって、お目当ての物を探し出すのも一苦労だ。 

 四つん這いになってブルーシートの上を這っていると後ろから、聞き慣れた声がする。 

「真希なにやってんの?いつまでたっても帰って来ないから探したわよ。」

 振り向くと二人が仁王立ちで睨んでいた。

「あれ?まだ終了時間には早いよね?」 

「品物がほとんどなくなったから放置してきた。まぁ誰かしら店番いるから平気でしょ。」 「で、なにやってんの?」

再び二人が冷ややかな眼差しで見下ろす。

「なにって、買い物だけど。」

あーあぁこいつ平然としててなんかムカつくわ。

飲み物はどうした……

四つん這いのまま、戦利品をいとおしそうに抱え込む真希を見て雀が、

「真希ちゃん獲物を捕らえた肉食動物みたいでなんだか可愛いね。」と、スマホでパチリ!!

「おい、やめろ!」っと真希が言うのを無視してアップでパチリ!!

「見て見て可愛いいぃ!」って…… それを私に見せられてもな…… 

そもそも雀の可愛い基準がいまいち理解できないし。 あっ….真希ってペットじゃん….。と気がついた。

「お前らこそなにやってんの?他のお客さんに迷惑だろ。」背後で声がするので振り向くと冴えないおっさんがなにやら言っている。

真美子がすかさず、「お客さんなんてどこいるの?」と大袈裟に周りを見回し、

「あっ!うちらのことか!それならお構い無く!」と店主に噛みつく。

「誰?このおじさん?」と雀が追い討ちをかける。

だが雀の顔を見て 「あれっ?おかしいな?お客いねーな?どこ行った?」

「どこって始めからうちらしかいねーし何言ってんの?」

すると真希が「マシンガン用のラックありませんかね?」と、店主を見上げて尋ねる。

「ハイハイ、マシンガンね。」

「おい、うちらを無視すんな。」真美子がおっさんに向かって言い放つが全く眼中にないようで

「あーラックね!どっかに有ったな?ちょっと待ってね….おじさん頑張って探しちゃうからねぇ。」

と同じように四つん這いになって探し始めた。

オエエェ……キモっ!あり得んな!このおっさん。

「あっそうそう、ガスプロのXDMにあうグリップもないかな?」

「おっ、なかなかの通だね。確かこの辺に埋まってたような」

「あったあった!このグリップでいいかな?」っと真希に見せる。

それを手に取り、握り心地を確かめ、「これ最高かも」

「これってM16サブマシンガンにも使えますか?」

「どこのメーカー? 」「マルマルの」「少しだけ加工すれば大丈夫かな、

あと使えそうなグリップはどこだっけ?どっかに、良いのがあったはずなんだよな……」

そう言いながら更に3個ほど探しだし得意気な顔をして真希の目前に差し出した。 

「おじさん、本体は無いんですか?」

「ごめんごめん、規制があってここには持ってこれないんだよ。そうそう店にあるから一度遊びにおいでよ。カスタムしたやつとかいろいろマニアックなものもあるしね。」

なんだか専門用語を交えながら楽しそうに話し込んでいる。

これだから武器オタは….女子中学生が、がちサバゲーって….こいつの将来大丈夫か….。

二人の呆れた会話にうんざりしてきた。

雀はといえば、そんな二人を面白そうに写真に納めている。

「ちょっと飲み物買ってくるわ。」

「じゃあ、うち紅茶レモン宜しく。」四つん這いになったまま顔も上げずに注文しやがった。

「真希ちゃんなんだか楽しそうだね。」

「波長が同じなんじゃない。でもあの人チュンチュンの顔見たら態度変わったよね….。」

「それは、きっと私に魅了されたんだ。」満載でもなさそうな素振りで大袈裟に両手を広げ頷いている。

「まぁあの手のおっさんは、チュンチュンみたいな子好きそうだしねぇ….」

「まあまあ良いではないですか。それに悪い人には見えなかったよ。」

慣れた足取りで人混みを避けながら売店横の自販機に着く。

「真希は紅茶レモンだっけ….って売り切れだし。面倒だからなんでもいいや!」っと適当に目についたペットボトルのボタンを押した。

売り場に戻り、「はいよ!とペットボトルを渡す。」

「違うじゃん!」っという突っ込みもなく、ありがとうと素直に受け取る。

「あれ?っていうか?何だか戦利品がえらく増えてないか?」足元には大きな買い物袋が二つ。

そんなに金持ってるはずないし、ウーン、これはおかしい?

すると、「チュンちょっと、お願いあんだけと….このおっさん!じゃなくて玄さんとツーショット頼むわ。」

やっぱりこうきたか。

雀は嫌がるでもなく、むしろ楽しそうに玄さんと呼ばれるおっさんに、

「違う違う!こうでしょ!はい!ポーズと、」

あれこれダメ出しをしながら撮った写真を見ては、「あははっぁ笑える!もう一回いくよ!」とか「真希ちゃんも一緒に撮ろうよ」と誘ったり。

珍しいなチュンチュンがあんなにはしゃぐなんて….。

撮影会も終わり、「いやぁ雀ちゃん厳しくて!でもとっても楽しかったよ。」

「うちも楽しかった。」すでに二人はすっかり打ち解け仲良しになっている。

「玄さん、ありがとねー」と、ニコニコしてる真希も相当なものだ。

この時が、玄と3人の出会いの始まりだ。

「玄さんって何やってる人なの?」

「古物商とか言ってたけど?店舗もあるらしいぞ。住所教えてもらったから今度3人で行ってみるか。」

真希から受け取った名刺を見て「ここなら家からも遠くないね。近いうち学校帰りに寄ってみるか」

「うん。行きたい行きたい!」雀が即答する。

「あんたたち随分あの人、気に入ってるね。」

「結構楽しいぞ。あれは。」あれって….この時点で人扱いしてないのは問題だと思うけど….

まぁ雀の言うように悪人とは思えないし、どちらかというとお人好しと言うか単純というかまぁわかりやすい性格ではある。

ただ、うら若き少女と一緒になってはしゃいでるのは大人としてどうなの?とは思うが、二人に反論されそうなので聞くのはやめた。

     音楽会のきっかけ

「そういえばお腹すいたな。」時間を見れば、とっくにお昼を過ぎている。

フリマに夢中なのか誰も食事をしていなかった。

「じゃ噴水広場にいこう。」持ってきた品物も、残り少なくなってきたので早めに店じまいをして向かいの公園に皆で移動した。

噴水池の近くに落ち着き、各自が持参した弁当を広げる。

雀が「大勢だと遠足みたいで楽しいね。」と同級生の子たちが持ってきたお菓子を摘む。

真美子が母が作ったお弁当をひろげると

「ずいぶん豪勢なお弁当だな。どうしたの?」と、瑞穂が聞いた。

まったく無駄に張り切っちゃって、おせち料理じゃあるまいし何段重ねだよ……

「真美子母さんの力作だね。色とりどりでほんと美味しそう。」雀がいただきますと言って真っ先に箸をつける。

「マジ美味しいわ。うーん、次はなにを食べようかな。」雀が鼻歌まじりにリズムを刻みながら料理を物色している。

「そういえば聞いた事なかったけど、チュンチュンってどうやってあの変な歌作ってんの?」 真美子が弁当をパクつきながら聞いた。

「真美子先輩、変な歌ってなんですか? 」興味津々に皆がこっちを見ている。

実は雀の歌のことは秘密にしているのだ。

「あぁ……まぁいろいろあってね、そのうちわかる時がくるよ」と誤魔化した。

「……どうやって作ってるんだろ?」 

幼い頃の記憶が甦る。

奥深い山里の集落、森の中を進むとブナの大木に囲まれひっそりと佇む小さな神社。

幼い頃いつもこの場所で、ごっこ遊びをしていた。

周りに友達はいなく、いつも一人きり。

でも誰かが隣にいるような気がして寂しいとか全然思わなかった。

風が揺らす森の音、小さな沢で泳ぐ魚たちイモリやカエルに鳥の声、たまにやってくる動物たち。

天井に居座る龍神、壁に描かれたいろんな神様。

勝手に溢れ出るメロディにのせて私と遊んでくれた。 

「物語に出てくるみんなが歌ってくれるんだ。」

「それって誰なの?」  

「うーん……ンッ、誰って?とにかくみんな。」そう言ってにっこり微笑む。

「あの変な現象が起きる時も?」

「あれは、特別な物語が始まった時、起きるみたいだけど。それも自分で考えてる訳じゃないんだ。勝手に溢れでる?みたいな」

「特別な物語ねぇ……こりゃ到底理解できないわ。」

「実際に歌というより昔話に出てくる語り部みたいな長老さんがおとぎ話を聞かせる感じだったな。」

「チュンが思いつめた顔つきで歌いだすとヤバいからな。あのバトル中の快感は中毒になりそうだ。」

「バトルってなに?何だか楽しそうじゃん」真希と、ほぼ同類な瑞穂が興味津々な顔をしている。

「バトルは知らないけど……あの原始メロディみたいなおかしな口調で歌われると確かに奇妙な陶酔はあるわね。」

「まるで古代のラッパーだな。」

「あのさ、一度楽器の伴奏とかつけてやってみたら。」真美子が唐突に提案する。

「楽器ってどんな?」と、雀がいち早く反応する。

「小さな太鼓とか笛で、よく映画とかで古代の人が火を囲んでドントコドンドコやりながら踊ってる場面とか見るじゃん。持ち運びも楽そうだし。」

「持ち運びって……まさかここでやるのか?」真希が箸で座っている場所を示しながら聞いた。

「うん!ここがいい!ここに決定!」

雀が太鼓をたたく仕草をしながらはしゃいでいる。

あっけに取られて三人の会話を聞いていた部員たちだが一体何の話をしているのか、さっぱり理解ができない。

瑞穂が真希に、「バトルって何のことだよ?」と再び聞いた。

「ちょっと説明するのがムズいんだよな。なんか馬鹿にされそうだし。」

「そうだ、ここにいるメンバーも一度体験してみたら何かわかるんじゃないの?」真美子がひらめいた様子を見せる。

「実際お前さんには何も起きないしな……機会があったら一度検証してみるか」

「春休みも近いしね」

「もうすぐ春休みかぁ……何だかあっという間で卒業とか実感ないわ。」

「春休みが終わったら高校生….なにかしら変化はあるのかな」

「まぁ今のところ中学の延長みたいなもんだからな。劇的な変化は期待できないな。」3人の通う心明学園は中高大一貫の女子校だ。

そう女子校なのだ!ここが問題で男子がいない!

つまり….ときめきがない!ドキドキしない!恋に目覚める青臭い青春は何処へ行った!という環境にあるわけで。

「チュンはうちらと離れたら寂しいだろ。」

「同じ敷地内だし、あんまり感じないかも?」

「それにこの子達とは一緒だし。ねぇぇ~と」言って皆んなして抱き合っている。

「まぁまぁ、仲の良い事で何よりだわ。」

「って言うかほとんど区別つかないじゃん。学食一緒、部活おんなじ、生息地域が少し離れるだけで。」

「ですよねぇ……」

「はああぁ….校内での追っかけはまだまだ続くというわけだ。」真希が大きなため息をつく。

「じゃあ、もしかしてあのおっさんも?」

「あーぁそれは、あり得るな。」

雀は二人の会話を聞きながら、一緒にいられて幸せだよ。

これからも雀を守ってね。と心の中で呟いた。

「何ニヤニヤしてんの?気持ち悪いなぁ。」

「ふふふっ……ちょっとね。」と言って二人の手を握った。

こうして三人の音楽会が幕を開けることになる。

   続きは別ぺージ ストーリー2にあります。

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