雀の里
火神岳 古代よりそう呼ばれ崇められてきた霊峰大山。
山陰地方の奥大山と呼ばれ冬になると豪雪に覆われ、その溶け出た水が清流を産み森を育てる。
そんなブナの原生林が広がる山奥に人目を避けるようにひっそりと佇む集落が存在していた。
まくひきの種が芽吹くとき、宇宙の摂理に従い右に現世を左に未来を持った赤子が誕生する。
古代より伝わる言い伝え。
いつ現れるとも知れないその時をひたすら待ちながら、その誕生のためにだけに存在する集落。
それが雀の里だ。
この里に生まれし者とは、雀を守ること。
それが唯一の生存目的であり使命である。
時を同じくして六人の赤子が誕生する雀の器となるひとり。
雀を守護する五人。
雀を守護するものは、それぞれが特別な力を持って生まれると伝えられてきた。
「ようこそおいでくださいました。」 里の長老は膝をつくと深々と頭を下げた。
「悠久の始祖神と呼ばれるあなた様に来ていただくとは思いもよりませんでした。」
「気にするな。地球の病む様をこのまま見過ごすわけにもいかぬし知らぬふりもできまい。それに常立にも頼まれておるしな。」
「ところで聞くが?この姿をどう思う?いくら特別な人間にしか見えないとはいえ……」
「お似合いですよ。」物音を立てることもなく、いつの間にか里の娘達がドラすずを取り囲むように集まっていた。
「お前たちは、相変わらず神出鬼没だな。いつからおったのだ。」
「私達もドラすず様とお呼びして宜しいでしょうか?」里の少女たちが口を揃えて聞いた。
「この姿は所詮、偶像に過ぎん. 好きに呼ぶと良いぞ。」娘たちを見下ろしながら一人一人の顔を確認していく。
お前たちはこれより修羅の道を行くのであろうな。里の者も長い間、ご苦労であったな。時が来たら出雲のたたらに月影を受け取りにいくとよい。あれを使いこなせるまでせいぜい真希とか言う娘を鍛えておくことだな。月闇の欠片よりうたれし雀の魂を断ち切る魔の刀、くれぐれも使い方を誤ってはならんぞ。」
「はい。肝に命じておきます。」
「ところで愚直な事をお聞きしてして宜しいでしょうか?」娘たちのリーダーである響と呼ばれる少女が口を開いた。
「これ、そのような無粋な事を言うでない。」里の長老がそうたしなめると。
「構わん構わん。何でも聞くとよい」
「ドラすず様は、何故我々にお力をお貸しくださるのですか?」
「力か……。お前たちは知っておく必要があるやも知れんな..
お前たちも、自分の持つ不思議な能力に気づいているはずだ。
別に突然変異でも超能力と呼ばれる類のものではない。
共通の祖先が枝分かれした時、今を生きる人類より、はるかに優位性を持つ種が存在したのだ。
だがあまりに規模が弱小であの頃の地球環境では絶滅するのは時間の問題だった。
常立と月闇が、秘密裏にその種を保存したことを、我は知らなかったのだ。
地球と生命体の環境が安定すると常立は、その種をこの地に撒き、その血を受け継ぐ直系の子孫こそがお前たちなのだ。
愚かなことに己の一部を種に分け与えた可能性さえある。
雀のもとに集う者は、お前たちと共通の子孫ではあるが今の人類と交わった種でもある。
常立と月闇は、雀を使って新たな人類種を誕生させようとしているのだ。
我は宇宙の摂理により地球の命がつきるまで見守る義務があるのだが、このまま地球が病むのも見過ごすわけにもいかんからな。
本来、地球を守るのは地球で生まれ頂点にある者の務めなのだが過去から何も学ばず未だに争いが絶えない今の人類にその資格はない。
急激な科学の発展など自然界の摂理、いや、地球の摂理は望んではおらん。
今を都合よく生きたい人類の欲求に過ぎん。挙げ句、地球をも破壊する武器まで作りおって。
そもそも人類にとって未来の地球など、どうでもよいのであろうな。
時間はじゅうぶんに残されていたにも関わらず自ら首を締めるとは賢き愚かな生き物よ。
ただ我も人類には微かな希望は持っておる。だからお前たちに加護を与えることにしたのだ。
それに遠い未来、地球にそぐわない邪悪な未知の輩が蔓延るのは気持ちのよいものではないからな。」
「私達は、どうすればよいのですか?」
「それは、常立に聞け。お前たちに、どのような未来が待ち受けようと我は宇宙に繋がる全ての摂理に従うまでだ。」
「ただ、お前たちも宇宙の摂理に従う存在でもあるのだ。地球あってこその生命体であることを忘れてはならん。」
「雀の出現は絶滅の前倒しであり人類生き残りの可能性を示したに過ぎんもし生き残っても、決して賢く愚かな生命体に進化してはならんぞ。」
ドラすずは、そう言って飛び去った。
「まるで人類は、地球にとって存在理由がないとも取れるお言葉でしたね。」
「今の人類を見ていれば、そう思われても仕方あるまい。だが、始祖様に生かされた我々が精々足掻こうではないか。」
雀の誕生と、時を同じくして生まれた少女たち。
里に生まれた赤子は、雀を守護することが生存目的であり使命である。
生まれながらにして持つ遺伝子には拡張された能力が備わり、やがて訪れる交わりが終えるまでひたすら守護者としてあるべき鍛練をし、その能力を最大活かす戦士としての役割をも担うこととなる。
雀の脅威となるものを隠密りに排除すること。
来るべき進化を望まない今を生きる人類たちによる抵抗。
いわば彼女たちは戦闘に特化された少女たちだ。
幼い頃よりあらゆる戦闘手段を会得するため想像を絶する訓練を行ってきた。
苺 雫 椛 奏 響いちご しずく かえで かなで ひびき
付けられた一文字の名前は、赤子に共通するものであり、それぞれに意味を持つ。
苺 雫 椛は、季節を 奏 響 は、音をそして、もうひとり秘密にされた冬の由来を持つ娘の存在。
権力者にとっては現状の世界を維持することが、自らの保身に繋がる。
はるか遠い過去に、欧州で常立の加護を受けた者が人類の未来を繋ごうとした時、それを阻止、実行したのが心明学園の理事長一族である。
だが世界は何も変わらないどころか悪化するばかりであり、近未来において、人類は滅亡することを常立に教えられる。
そして、心明学園の祖先は、直系の血と交わり交雑種として生きる選択をした。
やがて子孫たちは、雀の誕生を告げられ、一族は新人類の誕生に向けた準備をすることになる。
高校生になったぞ
「はーい 皆さん聞いてください。」
春休みも終わり、新学期も始まるとともに新たな部員も増えました。
自己紹介も兼ねてささやかな歓迎会を催したいと思います。」
私が部長の 堂上 真美子 隣が副部長の南雲 真希 その隣が会計を務める 常立 雀 書記に 名草 瑞穂
新入部員は、いきなり文化祭とかあって大変かも知れませんがサポートはしっかりやるので頑張ってください。
新部員たちは緊張した面持ちで真美子たちの挨拶を聞いている。
なかにはうっとりとした表情で見つめる生徒もいる。
各自の自己紹介が終わり、お菓子と飲み物が置かれたテーブルを囲んでの雑談が始まると次第に雀の周りに部員が溢れてくる。
そんな様子を眺めながら二人は
「はあぁ……この先が思いやられる」と、顔を見合わせため息をつく。
噂では雀会いたさに、この学園を選択した生徒もいるらしい。
学園内での三人は、相当な有名人で存在を知らない生徒は皆無に等しく、真美子の姉によると大学にまでその名前が知れ渡っているらしい。
二人の所に小柄なツインテールの少女が
「あのぅ……真希先輩……」と、顔を赤らめてもじもじしながら二人のところにきた。
「お姉ちゃんがこれ渡しといて……って。」
そう言うと可愛い封筒に入った手紙らしきものを差し出し一目散に自分の席へと戻り隣の子となにやら小声で話している。
「おいおい……こっちもか。 まぁチュンチュンは当然としても、あんたに対するみんなのリアクションも未だによくわからん。」
「真希ちゃん先輩、またまたファン獲得ですね」と脇腹辺りをつつき、なにやらじゃれあってる二人を見比べる。
「やっぱり異性の代理としか思えんわ。」っと納得した。
「はあぁ なんか聞き捨てならんことを言うね。」
「だってさぁ カッコいい 逞しい 頼りがいが 守ってもらいたい ってキーワード同性に対して普通に言うか?」
「そりゃ個人の見解だから言ってもおかしくないだろう。」
「いやいや真希さんや それ、プープーなやつでは……」
さすがに新入生は遠慮がちだが在校生に限っては明らかに疑似恋愛の対象として見ている生徒がいる。
こんな状態だからよくも悪くも目立ち過ぎて結構波乱に満ちた学園生活を送っているのだ。
断捨離しよう 断捨離!
部員からは、またぁ……という声があがる。
今回のテーマは、自分を見つめ直し時代を体感するそしてうんたらかんたら……いつもと変わらないお決まりの演説だ。
「もう断捨離するものありはせん。家が入居前に戻っちゃいますよぉこれって見つめ終わってるよね。」
部員から次々に発せられる苦情もお構いなしに
「大丈夫、大丈夫、探せばなんかあるわよ。」と一向に動じる気配はない。
「日程はゴールデンウィーク中なので暇な子は参加してね。新入部員は先輩達とコミュニケーションを深める良い機会になると思うので是非とも宜しく。」
と、すでに決定事項であるような口振りだ。
まぁ結局のところいやいやながらも、実際は結構楽しんで参加するのがお決まりなので良しとしよう。
与銀と言う名のおっさん
「ちょっと気分転換に会場内うろついてくるわ 真美子さん適当にぼったくって売っておいてくれ。」
「ちょっと、ちょっと、うちらに丸投げしてどこ行くのよ」
真希は、「あとはよろしく」と手を振りながら二人を無視するかのように、迷わずある出店場所へと向かう。
勿論行き先は、あれのいる場所。
「おーい、玄ちゃん、おはよう。」
「おー真希ちゃん、おはよう!」
「あっ、雀たちも来てるから。」
「あぁ、遠目から見てもわかったよ。」
玄の店に遊びに行って以降、玄と三人は急速に親密度が増していた。
「この間は、ゴメン。無理言ってライフルの修理、お願いしちゃって。」
「いいって、お安い御用だ。それより、ちょっと気になることがあるんだが?」
「どうしたの?そんな真面目な顔して。」
「お客に、あの三人組とはどういう知り合い?って頻繁に聞かれるんだよ。常連さんなら、まだわかるけど大して親しくもない奴からもだと、なんか気になっちゃってさ……もしかして噴水広場でやってる音楽遊びに゙関係とかあるのか?」
玄には雀の歌が持つ秘密は勿論のこと、音楽会の出来事も詳しくは話していない。今は、巻き込みたくない気持ちもあった。
「ただ遊んでるだけだし特に関係ないと思うけどな。それより普通の女子中学生にちょっと大袈裟に騒ぎすぎじゃないの?」と、誤魔化すように話す。
「それが普通じゃないからこうなってるんだろう特に雀ちゃんは、オーラが半端じゃないからね」
「知り合いの子とか怖くなるような神秘的なものを感じてしまい言葉をかける勇気がないって言うしさ、それなのに平然と仲良くしている俺に怒りを感じるとか。意味わからんだろ。」
確かに神秘的な不思議少女であるのは認めるけど怖いとはちょっと違うような。
でも思い当たるふしが無くもない。
校内にも雀の追っかけは、いっぱいいるが一部の生徒は雀に馴れ馴れしく話しかけたりすることが一切ない。
遠目からひっそりと見つめている。
その様子がかえって不気味で大丈夫かな?と心配してしまう。
その子たちも、そんな風に感じているのだろうか?
「それより、ちょっと欲しいパーツがあるんだ。」
「あれから持ってる武器を色々いじってたら改造愛が止まらなくなっちゃってさ……ハハハはっ……」
「お前さんほんと好きだね。武器。一応女の子なんだからさ、もっと可愛い趣味とかないの?」
「一応って、なに あと趣味は」と、言いかけてやめた。
「とにかくいいの!好きなの!あの冷たい感触が落ち着くの!」
「ハイハイ。で、どんなパーツ?」
「スナイパーライフルのスコープと、トリガーあと日本刀の、おとなしめで渋い鐔ないかな、勿論、レプリカじゃなく本物で。」
そんな二人が話す様子を、ボーッと突っ立って見ている男がいる。 「玄ちゃん、お客さんだよ。私、適当に漁ってるから相手してあげて。」
「あぁ……こいつ客じゃないから気を使わなくていいよ。」
薄汚れた感じの長髪を束ねて結び、髭を蓄えた、見るからに胡散臭い怪しげな男。
なに?こいつ
「一応紹介しとくわ。こいつ与銀、俺のフリマ仲間」と、顎で男を指し示す。
「あっ、はじめまして。私、真希って言います。」軽く会釈をして名前を告げる。
「あっ、噂の3人! えーっと真希ちゃんっていうことは凶暴担当の子だ。」
「はぁ?凶暴担当?」
「えっ?違うの?」
「違うもくそも凶暴担当ってなんのことかな」
「えっ、玄ちゃんが、そう言うから」
この与銀とかいうふざけたおっさんが初対面にも関わらず、カチンっと、銃口を向けたくなるようなことをぬけぬけと言いやがる。
「おい、俺は武器好きな女の子としか言ってないだろ。」
玄の顔を見ながらこいつら、揃いも揃ってろくなやつじゃないなっと思った。
まぁ玄ちゃんは使い勝手がよいから許せるけど、この与銀だっけ?
こいつはなに? 本能がボロキレを纏ってるとしか思えないこの出で立ちに怪しさ満載の風体ときたら、人間として認めるのもイヤなんですけど。
「いやいや、とにかく会えて嬉しいな。改めて俺は、与銀、良かったら記念に、」と言いながら、背負っていたリュックをおろすと中からアクセサリーらしきものを取り出した。
「こういうの作って適当に売ってるんだ。」
なんだか綺麗な石がはめ込まれたアクセサリーと、この男の存在がまるで一致しない。
ただ商品をひとめみて、これ、いいな!って思えるできばえで引き込まれる。
「遠慮なくもらっておけば、なかなか手に入らない1点もの。
客が気に入らなければいくら金積まれても売らない変わり者だし
前に海賊映画で有名な俳優がわざわざ会場まで買いに来て大騒ぎになったんだよ
て、言うか。お前なんでフリマなんかやってんの?」
「うん…人が好きだから。」 と、なんともとぼけた返事をする。
「あ、ありがとうね」 真希が礼を言うと
「玄ちゃん、ありがとうって言ってるくれたよ。」と、心底よろこんでいる。
「よかったな。お前も、ある意味苦労してるから報われて。」
「ところで今日、ここで出店していい?場所なくてさ。」
「好きにしなよ。」 玄がそう言うと、持ってきた品物を並べ始めた。
その中から二つを手に取り真希に差し出す。
「これ、あの二人に。こっちは雀ちゃん こっちが真美子ちゃん」
再び真希が礼を言うと、本当に嬉しそうな笑顔を見せる。
人は、見かけで判断しちゃ駄目だなと、この時は思った。
「じゃぁ玄ちゃん、また後で来るからパーツ用意しといて。」
二人に、いきさつを話し、どう着けて良いのかよくわからないアクセサリーを手渡す。
雀は、迷うことなくあっという間に手首に巻いた。
「手をかざして、マジでいいな!これ最高かも」
首にぶら下げようとした真美子が、あわてて
「これブレスレットなの?」 と、戸惑っている。
それも、あっという間に真美子の手首に巻いた。
「あれ、真希ちゃんのは無いの?」
「あぁ……あるけど。」とポケットから無造作に取り出し雀に渡す。
「真希ちゃんのはなんだかメンズっぽいね」
「マジで。ったく、あの、おっさんいい加減にしろよな」
それを手首に巻きながら
「でも、またまた面白そうなオジサンに出会えて良かったじゃん。遊び相手がまた増えた」 と笑った。
凛 運命の出会い
穏やかな春らしい陽気が続いた横浜も今日は、肌寒く感じる。
モヤのかかった薄明かりの中あどけなさの残る面影とは対象的にしっとりと濡れた髪の毛が少しだけ大人の色香を漂わせる。
バス停のベンチに1人座っている凜に、「おはよう」と猛が声をかけてきた。
「お前傘は?」そう言ってリュックの中からスポーツタオルを取り出すと凜の頭を乱暴に拭いた。
ホレっと手渡すが髪を拭くでもなくそっと膝の上に置く。
「いったい、何を考えてるんだ。風邪ひくぞ。」
「別に、何となく濡れてもいいかなって。」
「何言ってんだよ……」ため息をつきながらチラッとスマホで時間を見る。
自分の傘を渡し、「お前、悩みがあるなら相談しろよ。それと、ちゃんと学校行けよ。」と言いながら地下鉄の入り口を降りていく。
その姿が見えなくなるのを確認すると、傘を握りしめ来た道を引き返す。
すれ違うバスの窓から同じ学校に通う生徒の姿がぼんやりと見えた。
「凜は、今日も休みか。」ユラがやって来てクラスメイトに聞いた。
「そうみたい。」
「あいつ、どうしたんだろ……」ここ最近、凜の様子がますますおかしい。
と、ユラがわざわざ私の通う高校までやって来た。
先日も休み時間に校庭の大きなけやきの根元に座り物思いにふけっていて話しかけても、返事もせず上の空でボーっとしていたらしい。
薄々おかしいとは感じていたが、無理に問い詰めても凛の性格からして益々意固地になりそうだし、しばらく様子をみていた。
大の仲良しであるユラにさえこの有り様だし昔から思い詰めると抱え込んじゃうとことあるからな。
「ところでユラって悩みとかないの?こっち来てから不安じゃなかった?」
家に引き取られてから毎日顔を合わせているが今のところ、無理している姿は微塵も感じられない。
それどころかたまにうるさくて鬱陶しく感じる時さえある。
でも異国の地からやって来て慣れない生活習慣に通ったことさえない学校まである。
「あったけど……大したことじゃないよ。今は家族ができたしな。猛や美鈴や凛たちと離ればなれになるのが一番辛い。」
ユラの同居は少し複雑な気持ちだったが、裏表のないユラの真っ直ぐな性格は嫌いではないし何より将来は兄貴の嫁だ。
とは言っても、この賑やかなロリ少女をお姉さんと呼ぶつもりは毛頭ない。
第一私の方が年上だしお姉さんに相応しい。
「凜は今日も休みだろ。帰りに家に寄ってくか。」
「うん。それがいい。元気がでるようケーキでも買って行くか。」
「ユラが食べたいだけじゃないの。」
「はは、ははっ、ばれたか。」
「とにかく少しでも元気になればいいや。顔を見れば安心するしね」
運命の出会い
上唇を舌先でそっと舐めてみる。
鮮明に蘇るあの日の出来事。
それ以来モヤモヤとした気持ちが日ごとに増していき残像が心の中を搔き乱す。
あの運命の日……学校から帰ると母に、祖母が、おはぎを沢山作ったらしく、「あんた取りに行ってくれない」と、言われる。
「ええっ面倒臭いなぁ、自分で行きなよ。」
「そんなこと言わないで、おばあちゃんが会いたがってたわよ。ついでにスマホもお願いね。」
先日、実家に行ったとき忘れてきたらしい。
母の実家には祖母と叔父家族が住んでいる。
「おばちゃんかぁ……」
確かに中学生になってからは、母の実家に行くこともめっきり減ったし久しぶりに会ってこようかな。
世田谷区のはずれにある実家は凜の家からも近く電車で行けば大した時間はかからない。
ほどなくして家につくと祖母が出迎えてくれた。
「よくきたね。随分とお姉ちゃんらしくなって、元気にしてたかい。」
祖母はそう言うと凛を抱きしめ涙まで浮かべている。
「うん。なんかあんまり会えなくてゴメンね。」
「いいよいいよ。気にしなくて」
私の両親は、私が生まれてまもなく事故で他界したと聞かされた。
母は姉に当たる人であり物心がつくまで疑うことなく信じてきたし何不自由なく暮らしてこれた。
でも成長するにつれて同じ夢を見るのだ。
いつも決まった場所 どこか鬱蒼とした森の中を彷徨いながら何かを探している。
そこで出会うのは金色の髪をした美しい女の人で私の手を握ると大きな木の祠へと連れてゆきここに時が来るまで隠れて居なさいと言う。
でも不思議と恐怖心とかはまるでなくむしろ心地よささえ感じて眠りにつくのだ。
もしあの女の人が私の母なら私は何者で、どこから来たのだろう。
「それより、はいこれ、」と、母のスマホを渡してくれた。
「ほんとにあの子は、そそっかしいね。」
「あはは……まぁいつものことだから。」
「凜ちゃん久しぶりだから、皆が帰ってきたら何か食べに行こうか。」
「うん。それいいね。」居間で祖母たちと雑談しているとほどなくして従兄弟の俊平が帰ってきた。
高校生になってからは都内の私立高校に通っている。
小学生の時は美鈴達とも一緒によく遊んだな。
「おーぅ久しぶりだな。」 声も、何だかすごくお兄さんっぽくなっていてちょっとだけ戸惑ってしまった。
「久しぶり。学校はどう?」
「部活が面白いから、それなりに楽しいかなぁ。」
バスケ頑張ってんだ。
違う、違う
話を聞くと、なんでも演劇部っていう俊平には全く似合わない部活に入っているらしい。
「なんで演劇部?中学まであんなに一生懸命バスケやってたのに、まさか芸能界にでも行くつもり?もしかして好きな子とかいたりして」
冷やかし半分に言ってみただけなのに
「そんなん居ねーし、っかタイプ居ねーし!」と思い切り否定するなんてかえって怪しい。
「えぇほんとに。意外とモテそうじゃん。」
「んなことねーよ。ってか意外ってなんだよ。お前こそどうなんだよ?」
「うちの男子はガキっぽくてダメだ。ウチは、落ち着いた大人が良いんだよ。」
「おっさん好きかよ。」 俊平と久しぶりに話すと昔を思い出してなんか楽しくなってきた。
「あんた、小学生の頃、美鈴のこと好きだったでしょ。」
「なんでそんなこと分かるんだ。」
「だってさ、美鈴の気を引くことばっかりやってたじゃん。自分はたいして好きでもないのに美鈴の大好きなお菓子見せびらかしたり1人遊びしてるのに変にちょっかい出したりさ。」
「そうかぁ?子供だからじゃねーの。」
ちょっと日本人離れした端麗な美鈴の顔が目に浮かぶ、しばらく会ってないけどあれからどんな風に変わったんだろ?
「美鈴とは相変わらず仲良くやってんのか?」
「まあね。あいつんちの居候とも。」
「居候って?なんのことだよ……」
「叔父さんから聞いてないんだ。」
「尊さんが帰って来たのは聞いたけど、そんなオマケみたいな話は聞いてない。」
「そうなんだ。ユラって名前で山岳民族って言うのかな何でも尊兄が山で遭難した時、命を救った恩人でもあるらしいよ。」
「山で遭難……いったい異国で何やってたんだ?」
「美鈴が言うには、あんまり詳しくは知らないけどね。海で何かあったみたいな……」
「海か、まぁ波乗りするために海外に行ってた訳だし、でもなんで山で遭難?」
「だから、波乗りやめたらしい。」
「嘘だろ、あんなにスポンサーもいっぱいついて将来もすごい期待されてたのに。」
そんな話をしていると叔母さんが、「凛ちゃん、久しぶりね。」
と、昔から変わらない明るい調子で、
「皆んな揃ったから御飯食べに行こうかと言った。」
そして運命の日を迎えることになる。